免疫、その功罪

アレルギーの話

 第3話、最終回はアレルギーの話をします。アレルギー症状に悩まされている人は、今や先進国において近年急激に増加し全人口の30〜50%にも達するとのこと。したがってこの話を読んでくださっている方の中にもアレルギー疾患の患者さんがいらっしゃるかもしれません。そこで、前2回の内容を踏まえてアレルギー発症の機序、そしてその治療法について話を進めていきます。まずはアレルギー研究の歴史から紹介していきましょう。

1 アレルギーの発見

 20世紀初頭、世界的なリゾート地であるモナコでは海水浴客が“電気くらげ”に刺される事故が相次ぎ、問題となっていました。事態を重く見たモナコの皇太子から対策法開発の依頼を受けた二人のフランス人研究者は、くらげに触れた際に触手から注入される毒素が痛みを伴う水ぶくれの原因と考え、毒素に対するワクチンの開発を試みました。彼らは、くらげから毒素を分離し中和抗体ができることを期待して犬に毒素を注射する、という実験をしたところ、一回目の注射の際には何もおこらなかったのに2回目に注射すると抗体をつくるどころかショック症状をおこしてバタバタと倒れてしまう犬がいるのに気づいたのです。本来、ワクチン接種は毒素、病原体から体を防御するために行うのに、防御とは正反対の結果が起こってしまったということで、この現象はアナフィラキシー(ギリシャ語でana;〜から逃れる、phylaxis;防御、を組み合わせた造語)と名付けられました。

 やがて、同じような出来事が次々と見つかってきましたが、いずれにも共通することは特定の異物が体内に入ってきたとき初回には何もおこらないのに、同じ異物が二回目以降入ってきたときに明らかに反応性が異なる点でした。この点に注目したドイツの研究者が、このような現象をアレルギー(またもギリシャ語でallos;別の、ergon;作用、を組み合わせた造語)と呼ぶよう提唱しました。話の本筋とは関係ありませんが、昔の研究者の名前の付け方には、そこはかとない教養、センス、色香が感じられます。

2 アレルギー発症にかかわる役者たち

「レアギン=IgE」

 その後、アレルギーを起こしている動物の血清を他の動物に注射することにより同じ抗原によるアレルギー症状を伝えられること、つまり血清中にアレルギー症状を引き起こす物質が含まれていることが明らかとなりました。この物質は、当初レアギンと呼ばれていましたが、1966年日本人免疫学者である石坂公成先生によって免疫グロブリンの一種であることがつきとめられ、IgEと名前がつけられました(Ig;免疫グロブリンimmunogloburinの略語)

第1話で紹介しました免疫グロブリンには、抗原とくっつく可変領域が共通なのに定常領域の構造が異なる5種類が存在することが知られています(図9)。いずれもB細胞から作られるのですが、働きが少しずつちがっています。たとえば、抗原が体の中に入ってきたときにB細胞が一番はじめにつくる抗体はIgM型です。IgMはつくられるのは早いのですが、抗体としての働きは今ひとつ。少し遅れて作られる抗体がIgG型で、これは毒素の中和、病原体の破壊の際もっとも効果的に働いてくれる抗体です。ちなみにIgGは胎盤を通過するのでお母さんから胎児の血液中に入り、生まれた直後の赤ちゃんをさまざまな感染症からまもります。

 アレルギー発症の原因と言うことで悪役のイメージがつきまとうIgEですが、これは本来寄生虫などを攻撃する際に積極的に働いてくれている抗体です。

図9.定常領域が異なる5種類の免疫グロブリン(Ig)とそのはたらき
図9. 定常領域が異なる5種類の免疫グロブリン(Ig)とそのはたらき

「Th2細胞=実は2種類あるヘルパーT細胞」

 第1話の図3に示しましたが、病原体はウイルスや結核菌のように細胞の中でしか生きられないもの(細胞内寄生体)と、普通の細菌、かびなどのように細胞の外で生きていけるもの(細胞外寄生体)とに分けられます。細胞内寄生体を攻撃するのはキラーT細胞、細胞外寄生体を攻撃するのはB細胞によってつくられる抗体です。実は、免疫システム全体に指示を出す指揮者ヘルパーT細胞が、その働きによって大きく二種類に分けられることが明らかとなってきました。すなわち、キラーT細胞担当のTh1細胞とB細胞担当のTh2細胞で、それぞれ自分が担当する細胞の数を増やしたり働きを強めるようなサイトカインを出します(図10)。例えるなら、巨大な編成のオーケストラの指揮台の上に、弦楽器担当と管打楽器担当の指揮者が並んでいて、互いにうまく連携をとりながら一つの曲を創り上げているような感じです。

図10.2種類のヘルパーT細胞:Th1とTh2
図10. 2種類のヘルパーT細胞:Th1とTh2 Th1、Th2細胞とも未熟なヘルパーT細胞(図中THP)に由来します。細胞内寄生体の侵入を察知したナチュラルキラー細胞(NK細胞)やマクロファージ(MΦ)それぞれから出されるサイトカインであるインターフェロン(IFNγ)、IL-12が存在するとTh1に、一方細胞外寄生体の侵入を知らせるT細胞から出されるIL-4の存在下ではTh2へと育っていきます。そして、Th1、Th2はそれぞれの寄生体を攻撃する細胞の働きを高めるようなサイトカインを産生します。

 このうちアレルギー発症に関わっているのはTh2細胞です。Th2細胞から出されるサイトカインであるIL-4、IL-5、IL-13などがB細胞に作用すると、B細胞に抗体産生をうながします。しかし、これらのサイトカインが過度に作用することによりB細胞からはIgE型の抗体がつくられることになり、その結果血液中に多量のIgEが循環する状態が生み出されてしまいます。いわば、アレルギー発症の準備状態ができあがってしまうのです。

「マスト細胞(肥満細胞)」

 アレルギーという舞台での立役を演じているのはマスト細胞と呼ばれる細胞です。マスト細胞は、皮膚の下、粘膜の下、リンパ節など組織中、特に血管の周囲にいる細胞です。血液中を流れている細胞ではありませんが、骨髄内の細胞に由来していると考えられていますので血球細胞の親戚にあたります。この細胞は、もともと十二分に餌を与えられた動物に数多く存在していたことからドイツ語でMastzellen(“Mast”とは肥満、“Zell”は細胞の意味)と名付けられました。

 マスト細胞がアレルギーの舞台で主役となりうる所以は、次にあげる二つの特質によります(図11)。まず第一に、マスト細胞の表面にはIgEの定常領域と結合する受容体が存在することです。この分子はFcε受容体と呼ばれ、マスト細胞1個あたり、だいたい30万個のFcε受容体が発現しています。マスト細胞が血管周囲に多く存在していることは先に述べた通りですが、血液中からIgEが組織の中へしみ出ると、IgEはマスト細胞のFcε受容体とくっつきます。

図11.マスト細胞とその特徴
図11. マスト細胞とその特徴

 第二の特徴は、マスト細胞の細胞質の中には、多くの顆粒が含まれている点です。その顆粒の中には、ヒスタミンロイコトリエンヘパリンなど化学伝達物質と呼ばれる物質がたっぷりと含まれています。これらのうち、とりわけみなさんになじみが深いのはヒスタミンではないでしょうか。いわゆる抗ヒスタミン剤は、虫刺されなどの際のかゆみ止め、風邪をひいたときの鼻水止めなどの薬の主成分となっていることからおわかりの通り、ヒスタミンは標的となる組織のヒスタミン受容体にくっつくことにより感覚神経を過敏にしたり粘液分泌を高める作用があります。

 加えて、マスト細胞はサイトカインを産生できること、細胞の寿命が80日くらいと大変長いことなどが特徴としてあげられます。さて、マスト細胞はアレルギー発症において重要な役割を担っていることから、この細胞も悪役ととらえられがちですが、実はこの細胞こそ感染から私たちの体をまもる最前線で活躍してくれています。第1話で、病原体が体内に入ってきたとき樹状細胞が異常を周囲の細胞に伝えることを紹介しましたが、その情報を受け取る細胞の一つがマスト細胞です。樹状細胞からの情報をキャッチしたマスト細胞は、TNFαやIL-8などのサイトカインを出すことにより、感染局所に白血球を呼び込み炎症をおこす働きを持っています。したがって、何らかの理由でマスト細胞を欠損した個体では感染に対する抵抗性が非常に落ちていることが実験的に示されています。

3 アレルギーの発症

 では、アレルギー発症には、以上の役者がどのようにからんでいるのでしょうか。スギ花粉症の患者さんを例にとって説明してみましょう(図12)。早春の頃、スギ花粉が飛び始めると、花粉症の症状に苦しむ人とまったく無症状の人とがいます。この両者の違いがどこに起因するかというと、一般的にアレルギー疾患の患者さんの場合Th1細胞に対してTh2細胞の働きが勝っていること、すなわちTh2優位であることが基礎的な条件となります。体内にスギ花粉が入ると、初回には少なくとも見た目には何もおこりません。しかし、体内ではスギ花粉という異物に対して免疫反応がおこっています。Th2細胞の働きが勝っている人の場合、花粉に対してつくられる抗体はTh2細胞が出すサイトカイン(特にIL-4)によってIgE型のものが多くなります。IgEは血液中を巡回しつつ、一部は血管からしみ出て組織の中にいるマスト細胞のFcε受容体に結合することで、アレルギー発症の準備段階に入ります。ここに再び同じ花粉が入ってきてIgE抗体の可変領域と結合すると、マスト細胞“活性化”のスイッチがonとなり細胞内でいろいろな変化がおこりますが最終的に導かれる結果は、細胞質内にある顆粒の放出(脱顆粒)とサイトカインの産生・放出です。

図12.アレルギー発症の模式図
図12. アレルギー発症の模式図

 顆粒の中に含まれる化学伝達物質は協調して、毛細血管を拡張させて血液中から水分や細胞成分が漏れ出やすくする、感覚神経を過敏にする、さらには平滑筋(気管や消化管の中にある筋肉)を収縮させたりします。また粘液腺に働きかけて粘液の産生、分泌をうながします。これらの作用が組み合わさって現れる症状としては、毛細血管の拡張により結膜が充血する、血管から水分が漏れ出て組織の中に入ると粘膜がはれあがり鼻の空気の通り道が狭まって鼻づまりになる、粘液の過剰な分泌は鼻水のもとになります。神経が過敏になることは、かゆみ、あるいはくしゃみの原因となります。さらに花粉症の症状としてはまれではありますが、気管、消化管の平滑筋が急に収縮すると、それぞれ喘息の発作、下痢につながります。以上のように、マスト細胞内の顆粒に含まれる物質の作用でだいたいのアレルギーの症状は説明できるものと思います。

4 アレルギーにおける負の連鎖

 アレルギーの患者さんの体内では、マスト細胞がさらに悪さをすることが明らかとなっています。ここで働くのがマスト細胞自身によって作り出されるサイトカインです(図13)。先に、マスト細胞はTNFαやIL-8をつくることに触れましたが、アレルギーの患者さんのマスト細胞は、さらにIL-4、IL-13などのサイトカインを産生します。IL-4はTh2細胞の優位性をさらに高めることになりますし、IL-4とIL-13とが協調してB細胞に働きかけるとIgEがきわめて多量につくりだされ、血液中のIgE濃度が上昇する結果を招きます。そして血中IgE濃度が上がると、マスト細胞表面にあるFcε受容体の数を増やすことが確かめられています。ふつうのマスト細胞がもつ30万個程度のFcε受容体がなんと1000万個、30倍にまで増えるというのです。受容体の数が増えた細胞にIgEがくっつき抗原による刺激で活性化スイッチを入れると、脱顆粒、サイトカインの放出の程度が極端に強くなることが確かめられています。おまけに、脱顆粒をおこしても、たった24時間以内に顆粒は再充填されるので次々に化学伝達物質を放出することが可能となるのです。このような連鎖反応によって、いったんアレルギー状態が確立してしまうと症状がどんどん悪い方に進んでいくという事態がおこってしまいます。

図13.アレルギー:負の連鎖
図13. アレルギー:負の連鎖 活性化されたマスト細胞が出すサイトカインIL-4はTh2細胞を増やし、一層Th2の優位性を高めます。Th2細胞から産生されるIL-4とマスト細胞自身が出すIL-13とがB細胞に働きかけて多量のIgE分泌をうながします。血液中のIgE濃度上昇、すなわちマスト細胞のFcε受容体と結合するIgE量が増加すると、Fcε受容体の発現を高めて最終的には脱顆粒の程度を著しく高める、これが負の連鎖です。

5 アレルギー発症を左右する因子

 治療の話に進む前に、アレルギーの発症にかかわる要因について紹介してみたいと思います。

 まず第一に考えられるのは、遺伝的な背景です。ご両親のどちらかがアレルギー体質の場合、子供にもアレルギー症状が認められる例が多いことから、遺伝的背景が関わっている可能性は高いと考えられます。ただし、ここ数十年で特に先進国においてアレルギーの患者さんが急激に増えたという事実は、遺伝的な背景だけで説明するのには無理があります。

 そこで第二の可能性として考えられるのが環境要因です。一般的に、人口密度が高ければ高いほど、衛生状態が悪ければ悪いほど、体内のヘルパーT細胞のバランスはTh1優位に導かれるとされています。いわゆる発展途上国の多くはこうした環境におかれており、事実そういった国ではアレルギー症状に悩まされる人は先進国ほど多くはありません。今から40年ほど前の日本、ちょうど高度成長期に入る直前のこの国では、衛生環境は良好とは言い難いものでした。都会のごく一部を除くと下水道は完備されていませんでしたし(ということはトイレはくみ取り式)、各家庭に風呂、洗面所が完備されてはいませんでした。自身を省みても、極端に不潔な人間であったとは思いませんが、当時夜寝る前に歯を磨く習慣はありませんでした。店に出回る野菜は特に断るまでもなく有機栽培による野菜、それも人糞を肥料にしたものが多かったためか、小学校時代にはクラスの生徒の半分くらいは、回虫やらギョウ虫を腹の中に飼っており虫下しを飲まされていた時代です。そのころ自分の周囲を見る限り、確かにアレルギー症状を持っている人はまれだったと記憶しています。

 付け加えると、回虫、ギョウ虫などの寄生虫を飼っていると、Th2優位に傾きます。しかし、前に説明しましたように寄生虫駆除の際に主体的に働いてくれるのはIgE抗体であり、IgE抗体産生のためにTh2細胞が優位になることは当然必要な出来事ですから、この場合にはアレルギー発症につながることはまれです。むしろ問題なのは、生物の長い歴史の過程で培われてきた免疫システムにとって急激に攻撃の相手がいなくなった場合です。衛生状態が改善されることは感染症を減らす意味ではいいことなのですが、免疫系にとっては活躍の場を失ってしまい暴走することにつながりかねません。したがって、環境要因は、アレルギーの発症にとって重要な背景であると考えられます。

6 アレルギーの治療

 特定の病気の治療法を開発する上で、その発症にいたるまでの道筋を理解し整理することが不可欠となります。基礎医学研究の究極の目標は、その道筋をできるだけ詳しく明らかにする点にあると信じています。さて、私たちはアレルギー発症にいたるおおまかな道筋を学びました。では、これらの情報を背景としてどのような治療法が考えられるでしょうか。現在用いられている治療法、そして近い将来実用化されるであろう治療法を、標的とするステップごとに図14で示してみました。これらのうち、現在もっとも広く使われている治療薬は化学伝達物質の作用をじゃまするものです(図14D)。古典的には、ヒスタミンがヒスタミン受容体と結合しにくくさせる抗ヒスタミン剤が有名ですが、ここにきて抗ロイコトリエン薬やマスト細胞に働きかけて脱顆粒をおこしにくくさせる薬も使われています。いずれの薬も、アレルギー症状の実行犯の働きをおさえるわけですから効き目はあるのですが、あくまで対症療法。病気そのものを治すものではありません。

図14.アレルギー治療の戦略
図14. アレルギー治療の戦略 アレルギー発症の前提となるTh2優位な状態、抗原の侵入から発症にいたる過程の中で治療の標的となるステップを4つに分けてみました。(A)Th2優位性を矯正する。(B)B細胞からのIgE産生を抑える。(C)IgEとFcε受容体との結合を阻止する。(D)化学伝達物質の作用を抑制する(脱顆粒の抑制あるいは化学伝達物質と受容体との結合の阻止)。

 そこで、病気の本態にせまる治療法として注目されているのがAからCにあげた治療法です。中でも、一番実用化に近いと考えられているのがIgEとマスト細胞表面にあるFcε受容体との結合を妨げる抗体療法です。この方法は、すでにアメリカで喘息の患者さんに用いて効果があることが確かめられています。A〜Cの方法は、まさにアレルギー研究の成果が、より病気の本質にせまる治療法開発に結びついた例と考えられます。ただし、これらの方法はいいことずくめ、というわけではありません。いずれの方法にも共通することは、免疫システムを人為的に操作してしまう点です。その結果、使い方を誤ると体内で維持されていた精巧なバランスが崩れてしまい、例えば感染症にかかりやすくなってしまうなどの副作用が出てしまう恐れもあります。したがって、今後研究がさらに進んでアレルギー発症に関わるマスト細胞と感染防御を担当するマスト細胞との間の違いを洗い出し、前者の細胞の機能だけを抑えるような薬が開発されたとき、そのときこそ副作用のない魅力的なアレルギー治療法が確立されるときです。

おわりに

 わかりにくい箇所も多かったことと思いますが、最後までおつきあいいただき有難うございました。途中、不適切なたとえ話があったかもしれませんが、少しでも話をわかりやすくと考えて採用したものです。ご容赦下さい。

 本編第1話で免疫システムをオーケストラに見立てました。このオーケストラを構成する個々の奏者はきわめて高い演奏能力をもっています。ただし、彼らの能力をひきだすためには、絶妙な指揮者と経営陣(われわれ一人一人)のサポートが必要です。経営陣が、過不足のない資金(栄養)を提供しなければ、やる気を落としてしまいます。時にはレクリエーションも必要でしょう。また免疫力を高めようと、奏者を優秀なソリストだらけにしてしまうのも逆効果になるかもしれません。オーケストラが美しい音楽を創りあげるのに必要なのはバランスです。バランスの乱れは不協和音となり、それは私たちにとって病気と認識されてしまいます。このコーナーを読んでいただき、ふだん意識することの少ない免疫系にほんのちょっぴりでも気を遣い、健康維持に役立てていただければ本稿を担当した者としてうれしく思います。