シナプス

シナプスの働き

シナプスの増減

ヒトの前頭葉や視覚野のシナプス密度を測定した研究があります(図3)。神経細胞の密度のほうは出生後1才までに急激に減りますが、一方、シナプス密度のほうは1−2才まで増加し、その後思春期前までに成人のレベルまで減少し、落ち着きます。これはシナプスを形成しない神経細胞が死滅すること、生き残った神経細胞にはシナプスが増加すること、さらに一旦増加したシナプスもその後成人のレベルに減少するということが、いくつかの実験から想定されています。たとえば、大脳皮質の視覚野のニューロンには最初は右眼と左眼の両方のからの軸索がシナプスを形成しますが、あるニューロンはしだいにどちらかの眼、例えば右眼に優位に反応する細胞に変化していきます。これは左眼からの軸索によるシナプスが減って、右眼からの情報をうけとるようになった結果だと考えられます。もしこの時期に右眼に眼帯をつけて右眼からの信号を遮断してしまうと、眼帯を外した後もこの細胞は右眼からの信号に応答しなくなり、左眼からの情報をうけとるようになります。このような変化はシナプスの可塑的性質、すなわち「なにかの原因で変化し、その原因がなくなっても変化が持続する特性」をよくあらわしています。さらに興味深いことに、大人になってからも、外界の刺激によってシナプス数が変化することが報告されています。たとえば、ラットのひげを刺激することによってひげ感覚から大脳皮質へのシナプス数が増加します。つまり神経細胞同士のつながりかかたは変わりうる、可塑的であるということです。そしてその変化は外界、あるいは内界からの情報入力に依存します。「これまでなにを見て、どう感じてきたか」によってシナプスが変化することが推察されます。さらには、「なにをどのように思い出すか、なにを想像し祈念するのか、どんな夢をみるか」によってもシナプスは変化するのかもしれません。動物実験では想起することによって変化することが報告されています。この変化のしかた自体、あるいは枠組みはもちろん遺伝的なものに規定されていますが、その内容はその個人特有のものであって、個体の独自性、つまり人格とか気質とか性格といわれているようなものの実体はシナプスであるといえるかもしれません。それではこのシナプスでなにがいったい行なわれているのでしょうか?

図3. 図3
(上)ヒト前頭葉のニューロン密度とシナプス密度の出生後の変化

出生後ニューロン密度は1才までに1/5に減少する。シナプス密度は2才までに倍増し、そののち5才までに減少する。
(下)ニューロンの減少、シナプスの増減の模式図
シナプス入力をうけないニューロンは死滅し、生き残ったニューロンにシナプスは増加するが、その後シナプスの減少(刈り込み)が起る。

神経情報伝達における活動電位とシナプス電位

図4で化学シナプスを用いた神経の情報のつたえ方を模式的にあらわしてみます。脳の活動は活動電位とシナプス電位によって成り立っています。活動電位は細胞体からシナプス前部まで軸索突起(アクソン)を伝わります。活動電位が軸索の終末にくるとシナプス前部から神経伝達物質が分泌され、それが樹状突起(デンドライト)のシナプス後部の受容体を活性化し、シナプス後細胞にシナプス電位を発生させます。神経細胞は数千から数万ものシナプス入力をうけており、それらのシナプス電位が統合され、軸索起部におけるその大きさによって活動電位が発生するか否か、またその頻度がきまってきます。つまり軸索部分の電気信号がシナプス部分で化学信号に変化し、シナプス後部ニューロンでシナプス電位、さらに活動電位という電気信号に変化します。このように神経系の情報伝達は電気信号(シナプス電位、活動電位)と化学信号(神経伝達物質)の連鎖によります。そしてシナプスとは神経伝達物質を介して、活動電位からシナプス電位に変換する場であるのです。活動電位は軸索に存在するイオンチャネルの密度に規定され、発生するか否かしかなく、一旦発生してしまえば大きさは一定です。一方、シナプス電位はシナプス前部からの神経伝達物質の量やシナプス後部の受容体の量的変化に依存して可変的です。このシナプスの働きが私達の意識、運動、思考、記憶、学習などの基盤と考えられています。実際、ほとんどの神経作用物(神経作用薬、ニコチン、麻薬、サリンなど)はシナプス部分に作用します。睡眠状態、てんかん、脳死判定など、脳の神経活動の状態は、脳波である程度解析できます。脳波は頭蓋骨の表面から電気信号(活動電位とシナプス電位)を検出したものですが、おもに脳表面付近の樹状突起のシナプス電位を反映していると考えられます。

情報伝達の基盤となるこれらの膜電位の変化はイオンの細胞内外のアンバランスとそのイオンを通す穴(チャネル蛋白)にあります。この詳細は図4に記述します。この活動電位を発生させるための、静止膜電位からすこし脱分極させる原因が、シナプス電位です。つぎにシナプス電位の発生のしくみをみてみましょう。

図4.神経における信号の伝わりかたの模式図
図4. 神経における信号の伝わりかたの模式図
神経における信号の伝わりは、シナプス電位、活動電位という電気信号と、化学シナプスにおける神経伝達物質という化学物質による化学信号の連鎖による。
活動電位の発生メカニズムについて、すこし詳しく述べてみます。神経細胞は他の細胞同様、細胞内は外に比べて電気的にマイナスになっています。これは細胞一般にあてはまることですが、細胞外は海水を4倍水で薄めたような組成で、ナトリウムイオン、塩素イオンが多く、細胞内はカリウムイオンが多くなっています。このアンバランスなイオン環境は細胞膜に遍在するナトリウムポンプの絶えまない活動によっています。ナトリウムポンプは細胞内のエネルギーであるATPを消費して、細胞外にナトリウムイオンを排出し、細胞内にカリウムイオンを取り込みます。細胞膜はカリウムイオンのみをいつでも通過させます。その結果細胞内に多いカリウムイオンが細胞外に流出します。カリウムイオンはプラスに荷電しているので、細胞外に出てしまうとその分細胞内はマイナスになることになります。そとに出たカリウムイオンはプラスイオンなので、細胞内がマイナスになってくると、細胞内に引き付けられ、それ以上流出できなくなります。このように、プラスのカリウムイオンが少しだけ細胞外に流出していることによって、細胞内がマイナスになるその電位を静止膜電位といってだいたい-70mVくらいです。もし静止膜電位からすこし脱分極するとそれを感知して膜電位依存性ナトリウムチャネルが開きます。細胞外にはナトリウムイオンが多いので、それが細胞内に流入し、膜電位はプラスに変化します。それと同時に、やはり脱分極で開く膜電位感受性カリウムチャネルが開いて細胞内に多いカリウムイオンが流出します。そのために、膜電位は短時間でまた静止膜電位までもどります。この膜電位がプラスに短時間変化することを活動電位といいます。このような活動電位を発生することを神経細胞が興奮するといいます。また、活動電位のことを発火、インパルス、スパイクなどとも呼びます。活動電位による脱分極はとなりの膜電位依存性ナトリウムチャネルを活性化させるので、活動電位は軸索突起を伝播していきます。

活動電位からシナプス電位へ

シナプスにおいて、活動電位からシナプス電位に変換されます(図5)。活動電位は、神経細胞の軸索突起の根元で発生し、軸索をつたわってシナプス前部に達します。シナプス前部には膜電位感受性カルシウムチャネルがありますので、これが活動電位によって膜電位が上昇したことを感知して、活性化し、つまりチャネルが開いてカルシウムが細胞内にはいります。このカルシウムによって、シナプス前部にあったシナプス小胞が細胞膜に融合し、中に入っていた神経伝達物質をシナプス間隙に放出します。興奮性の神経伝達を司っているグルタミン酸を例にあげてみますと、グルタミン酸がシナプス後膜にあるその受容体、つまりグルタミン酸受容体に結合します。グルタミン酸受容体は4つの膜蛋白からなり、それらのまん中に穴(チャネル)を形成していて、受容体にグルタミン酸が結合するとタンパク質の構造が変化して、短時間穴が開きます。この穴はカチオン(陽イオン;ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)をとおす性質があるため、細胞外には内側に比べて高濃度のナトリウムイオンがあり、それがチャネルをとおって細胞内に流入します。ナトリウムイオンはプラスですから、その結果、細胞内のマイナスの程度が浅くなる、つまり脱分極します。脱分極するにつれ、カリウムイオンの流出もあるために、活動電位のように膜電位がプラスまで上昇することはありません。このような神経伝達物質によって引き起されたシナプス後部の膜電位をシナプス電位といいます。グルタミン酸 (Glu) の場合、シナプス電位は脱分極性なので興奮性シナプス後電位といいます。一方、GABA (ギャバ) やグリシンは抑制性です。抑制性ニューロンからGABAが分泌されると、GABA受容体チャネルが活性化し、塩素イオンを選択的に通す穴がひらき、細胞外に多い塩素イオンが細胞内に流入します。塩素イオンはマイナスなので、その結果膜電位はよりマイナスの方向に深くなり、つまり過分極になり、これを抑制性シナプス後電位といいます。これによって、活動電位が出にくくなります(図5)。麻酔薬、睡眠薬、抗不安薬などはこのGABA受容体の働きを促進させ、グルタミン酸による興奮性の神経活動を抑制させるのです。

図5.シナプスの模式図
図5. シナプスの模式図
活動電位が軸索のシナプス前部に達すると、膜電位感受性カルシウムチャネルが開きカルシウムが流入する。それがトリガーとなって、シナプス小胞がシナプス前膜に融合し、中の神経伝達物質が放出される。神経伝達物質がシナプス後部の受容体チャネルを活性化し、チャネルが開きシナプス電位が発生する。神経伝達物質がグルタミン酸やアセチルコリンの場合、それらの受容体チャネルがカチオン(陽イオン)を通すため、細胞外に多いナトリウムイオンあるいはカルシウムイオンが細胞内に流入し、細胞内に多いカリウムイオンが流出し、膜電位はゼロにむかって脱分極する。これが興奮性シナプス電位(EPSP)で、このシナプスを興奮性シナプスという。神経伝達物質がGABAやグリシンの場合、それらの受容体チャネルが塩素イオン選択性をもつため、細胞外に多い陰イオンである塩素イオンが流入し、そのために膜電位がこれよりマイナス、つまり過分極し、これを抑制性シナプス電位という。このシナプスが抑制性シナプスです。

シナプス電位から活動電位の発生

ひとつの細胞に数千から数万に及ぶシナプス入力があります。図6で模式的に単純化して説明します。Aのように少数のシナプスへの興奮性入力ではたりませんが、Bのようにそのようなシナプス入力がたくさん同時におこると、それらが加算的に統合され、軸索の根元のあたりの膜電位が充分に浅くなると、そこに存在する膜電位感受性ナトリウムチャネルが開いて、そこで活動電位が生じます。しかし、Cのように同時に抑制性入力があると、統合された膜電位の変化が不充分となり、活動電位の発生は見送られます。つまり、神経細胞は多数のシナプスで発生した膜電位変化(興奮性および抑制性シナプス後電位)が統合され活動電位を発生するかしないかを判断しているわけです(図6)。活動電位が発生すると、軸索突起を伝わってシナプス前部に達し、そこで神経伝達物質を分泌することになります。中枢神経系では興奮性シナプスはグルタミン酸が、抑制性シナプスはGABAがおもに担当しています。これらのシナプス入力が統合され、活動電位が発生するかどうかがきまります(図6)。そして、それらの活動を修飾するものとして、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリン、各種ペプチド、ステロイドホルモンなどが知られています。

図6.シナプス電位が統合され、活動電位が発生する仕組みをしめした模式図
図6. シナプス電位が統合され、活動電位が発生する仕組みをしめした模式図
興奮性シナプス1つに活動電位がきた場合、発生した脱分極性のシナプス電位[興奮性シナプス後電位(EPSP)]では軸索起始部の膜電位依存性ナトリウムチャネルの閾値に達せず、活動電位は発生しない(A)。興奮性シナプス2つでは、シナプス電位が加算され、閾値に達し、活動電位が発生する(B)。しかし抑制性入力が同時にあると、過分極性のシナプス電位(抑制性シナプス後電位)の統合されたものが、閾値に達せず、活動電位が発生しない(C)。